レジデントが「もっと自信を持ちたい」と言うのを耳にするたび、私はいつも考えさせられます。

教育者としての私たちは、その言葉を「もっとスキルや知識、経験が必要だ」という意味だと決めつけてしまいがちです。つまり、「自信の欠如」を「能力の欠如」として扱ってしまう傾向があるのです。

しかし最近、この思い込みは往々にして間違っているということを再認識しました。

能力と自信のギャップ

臨床能力が明らかに備わっているあるレジデントとのコーチングの中で、彼女が「もっと自信を持ちたい」と願う、その根底に何があるのかを尋ねてみました。

浮かび上がってきたのは、能力不足ではなく、恐怖と自己疑念でした。

それは、期待値が不明確で、厳しいフィードバックが遅れて届き、ミスが致命的に感じられた初期の研修体験によって形作られた「恐怖」でした。指導医たちの振る舞いによって引き起こされたこうした経験が、彼女の自信を静かに蝕んでいたのです。

シニア・レジデントになる頃には、彼女の能力は十分に成長していました。私から見れば、彼女の臨床推論は鋭く、管理計画も堅実でした。それにもかかわらず、彼女の自信は能力に追いつかず、取り残されていたのです。

心の中には、かつての問いが消えずに残っていました。「私は正しいことをしているのだろうか?」「指導医の提案に従うべきだ。彼らの方が経験豊富で、正しいはずだから」。

彼女の場合、「もっと自信を持ちたい」という言葉は、実は自己疑念からの保護(そして自由)を求める切実な訴えだったのです。その時、私にとって明確になったことがあります。それは、「自信」は「能力」とは別物であるということです。

  • 能力(コンピテンス)は、トレーニングや経験学習を通じて成長します。

  • 自信(コンフィデンス)は、私たちがそれらの経験をどう意味づけし、医師としての自分の「あり方(Being)」をどう定義するかによって成長するものです。

恐怖に基づく価値観の起源

臨床現場でのトレーニングは、常に評価(ジャッジ)に満ちています。厳しい評価を受けることは、屈辱的で、時に恐怖を感じるものです。多くの場合、「良い評価」が成功の主要な指標となるため、ほとんどの医師はキャリアを通じて「悪い評価」を避けることに必死になります。私たちは、批判を何としても避けるように条件づけられています。それは指導医になってからでさえ変わりません。なぜなら、批判は私たちの専門家としての地位や精神を深く傷つけるからです。

心理統計学(サイコメトリクス)の観点から見ると、臨床現場における評価者を介したアセスメントは、評価者に強く依存します。文脈が毎日変わるため、こうした評価は本質的にバイアスが含まれ、「ジャッジ」の側面が強くなります。たった一つの厳しいコメントでさえ、学習者の自己効力感や自信を損なう可能性があるのです(これは私自身にも当てはまります)。

私自身の例:

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私はよく、「もっとティーチングの機会を見つけて作らなければ」と考えている自分に気づきます。

立派な志に聞こえますが、その根底にある動機は恐怖に基づいています。「そうしなければ、学習者は最高の学習機会を得られないかもしれないし、自分が望む指導医評価を得られないかもしれない」という恐れです。

「意識」に基づく価値観へのシフト

コーチングを通じて学んだのは、真の自信は「あり方(Being)」から始まるということです。学習者が「自分はどうありたいか」「自分にとって何が大切か」を明確にできたとき、患者ケアに向き合うために必要な洞察が見つかります。

  • もし「患者の声に耳を傾けること」があなたの核心的な価値観であれば、意図的にジャッジせず話を聴こうとするでしょう。

  • もし「信頼を築くこと」が重要であれば、自然と一貫性と信頼性のあるコミュニケーションを実践するようになります。

  • もし「正しいことをすること」がゴールであれば、あらゆる選択肢を検討し尽くすために必要な時間をかけるでしょう。

ある医学生が言った言葉があります。「すべての患者さんから感謝されるわけではないかもしれません。でも、自分ができる限りのことを尽くしたと、自分自身が分かっていることが大切なんです」。

入院医療において、私たちはアウトカム(結果)を完全にはコントロールできません。しかし、「病室に入る時、自分がどのような存在でありたいか」は、完全に自分で決めることができます。焦点を「意識に基づく価値観」の充足へとシフトさせたとき、私たちは仕事の意味やパフォーマンスをリフレーミング(再定義)できるのです。

ケースの続き:依存から対話へ

有能なPGY-2となった今の彼女にとって、自己疑念に代わるどのような考え方が助けになるかを尋ねたとき、彼女は最初、代替案を見つけるのに苦労していました(それは無理もありません)。恐怖が強化され続けてきたとき、挑戦するよりも従う方が安全だと感じてしまうからです。

私は、そのような瞬間に自分を助けてくれる考えを共有しました。「私は恐怖を消し去ろうとはしません。代わりに『好奇心』をアンカー(錨)にします。好奇心を持てば、オープンでいられる。オープンでいれば、たとえ不快な経験であっても、すべてが学びの機会になります。そうなれば、自信は『常に正しいこと』には依存しなくなります。『自分は適応し、学び、成長できる存在だ』という確信に変わるのです」。

このリフレーミングが、彼女の新しい扉を開きました。彼女は、自分の最大の強みが「人とつながる力(コネクター)」であることに気づきました。患者は彼女に話を聴いてもらえていると感じ、同僚は彼女と快く協働していました。彼女は、難しい治療計画に直面したとき、その強みを活かせることに気づいたのです。

指導医のプランに黙って従う代わりに、彼女は自分の推論を透明性を持って伝えることに決めました。

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「自分がどう優先順位をつけ、なぜこのアプローチを選んだのかを説明すれば、対立を感じさせることなく、自分のやり方を試してみることができます」

彼女の自信は、「正しいこと」や「確信」から生まれたのではありません。自分の「あり方」を自覚し、自分の強みを活かしてオープンな対話に臨めるようになったことから生まれたのです。

明日から試せるコーチングのヒント

自信に悩む学習者(あるいは自分自身)と向き合うときは、以下のシフトを試してみてください。

明確化のための問いかけ:

  • 「この状況において、『自信がある状態』とはあなたにとって具体的にどのような姿ですか?」

  • 「今、自分のプランを貫くことは、あなたにとってなぜ重要なのですか?」

  • 「自分のプランを貫けない(または自信が持てない)時、具体的にどのような思考が浮かんできますか?」

不確実性を標準化(ノーマライズ)する:

  • 自分の考えを共有する際、「あなたなら、これらの選択肢にどう優先順位をつけますか?」と問いかけてみてください。

  • マイクロ・フィードフォワード: 全てが終わった後の評価ではなく、タスクの最中にリアルタイムで「フィードフォワード」を行い、期待値を明確にすることで心理的安全性を築きます。学習者が古い思考パターンに戻るのを防ぎましょう。

結論:

自信とは、計画の正確さのことではありません。自分の「あり方」を理解し、恐怖を認め、たとえ完璧にいかなくても「自分は学び、成長できる」と信じることなのです。

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「もっと自信を持ちたいと言うとき、その裏側にはどのような思考が隠れていますか?」

Hirotaka Kato, MD, MEd

Clinician-Educator, Physician Peer Coach, Hospitalist